日常と非日常

記録など

小説、日記、旅行記とか、を、書く予定です。

誰かの代わりに勝ちたい

最近、水曜どうでしょうにハマって、貪るように見続けていた。何が僕をそうさせていたのだろうか。

きっと、限りなく日常的な感情と時間の流れに心地良さを感じたのだと思う。あれに憧れを抱いたのは、きっと、僕の生活がさして日常性に富んでいなかったからだろう。

何故?

何故、生活に日常という色がなくなってしまっているのだろうか? 少し考えて、僕はiPhoneから全てのSNSを消した。ありのままでは無くなっていたのだ。人に見られることを意識してしまっていたから、僕の生活はつまらなくなっていたのだと思う。

はてなブログで日記を書く? そこだって人に見られる場所だよ?

構わない。

多分だけれど、この日記の読者と僕の間に、繋がりのようなものは生まれないと思う。僕の文章を読んで、誰かが何かを感じたとしても、それを僕が気にすることはないだろう。僕は文章を書くことを、もっと自分の生活の中心に置きたいと思っている。そうする為には、それは僕に限ってのことなのかもしれないけれど、もっと日常的な生活をしなくてはならない。

もっとつまらないものを、つまらないものとして感じなくてはならない。そして、その感情をそのままに日記に書こう。それが誰かにとって、面白いものなら、そうであるに越したことはないだろう。だが、つまらなくたって構わないのだ、ただの日常なのだから。着色なしに起こったことを上手く書けるようになる、ということをぼんやりと目標にして書いていこうと思う。

 

いろいろね。